カナダBC州の国定史跡【鉄道・船舶編】

HISTORY

カナダのブリティッシュ・コロンビア州にある「ナショナル・ヒストリック・サイト」91ヵ所を、ジャンルごとに紹介しています。
このサイトについてや全体像を見るには下記記事へ!

本記事では、鉄道・船舶編として8ヵ所を紹介します。


鉄道

エスキマルト・ナナイモ鉄道扇形庫(1992年登録)

エスキマルト・ナナイモ鉄道扇形庫

正式名称:Esquimalt and Nanaimo Railway Roundhouse
設立年:1912年
登録年:1992年
所在地:バンクーバー島ヴィクトリアのエスキマルト通り
概要:機関車整備施設

1912年の建造以来、ほとんど手付かずで良好な状態で残されており、カナダ西部の蒸気鉄道時代を感じることができる機関車整備の関連施設です。

出典: smarttravelapp.com

ヴィクトリアで1886年に建設された鉄道の終点にあたるレンガ造りのこの円形の施設は、カナダの蒸気鉄道時代を象徴しています。
1913年に建設され、機械室、ボイラー室、鍛冶作業場が付属する10区画の丸太小屋は、現在でもほぼ当時の状態で保存されています。
この施設は、島内で1949年にディーゼル機関車が導入され、1950年代に鉄道がナナイモに移転した後も長い間、エスキマルトとナナイモ鉄道にサービスを提供していました。


ケトル・バレー鉄道のマイラ渓谷部(2002年登録)

ケトル・バレー鉄道のマイラ渓谷部

正式名称:Myra Canyon Section of the Kettle Valley Railway
設立年:1914年
登録年:2002年
所在地:中央オカナガンOkanagan第1架橋マイラ西
概要:鉄道

鋼や木製の架台やトンネルを備えた約10キロに及ぶ山岳地帯の鉄道です。

出典: amusingplanet.com
建造当時の様子 出典: merrittherald.com

1912年から1914年の間に、マイラ渓谷の険しい急斜面の上に建設されたこのケトル・バレー鉄道の建設は、当時のカナダの優れた工業力の成果と言えます。

作業員は岩盤の発破も行って工事が進められ、作業員は岩盤の滑落などの危険に常にさらされていました。この区間で鉄道が完成したことにより、西海岸と内陸部の南部との交通が実現し、全カナダにおける交通網が完成しました。

この路線は、1914年に完成して以来、1978年に通行止めとなるまでの間、鉄道で使用されていました。その後はカナダ横断トレイルの一部として、歩行者用として開発されます。
2003年には、火災により深刻な被害を受けています。


船舶

モーター船「BCP 45」号(2005年登録)

モーター船「BCP 45」号

正式名称:Motor Vessel BCP 45
設立年:1927年
登録年:2005年
所在地:キャンベルCampbellリバーRiver海洋Maritime遺産HeritageセンターCentre
概要:木造漁船

最も保存状態の良い木造船のうち最古のものの1つで、西海岸の漁業で活躍した船舶です。1972年から1986年までに流通していたカナダの5ドル札に描かれた種類の漁船でもあります。

出典: commons.wikimedia.org

1927年に、バンクーバーのコール・ハーバーにあるバラード造船所で製造されたBCP 45号は、鮮魚加工会社のBCパッカーズ社が購入して使用しました。全長14.3メートルの単軸木造漁船で、カナダで現存する最古く、最も保存状態の良い木製の漁船の1つと言われています。
この船は、20世紀の西海岸における商業的漁業の技術や労働力の発展に大きく貢献しました。

先住民族や日系カナダ人に対して漁船の所有権が厳しく制限された当時の政府の規制の下で、鮮魚の製缶業のライセンスで14年間運営されました。これは、後に先住民族が所有して運営する最初の漁船の一つとなりました。

船体の全部には、低目ながら一段高くされた前甲板と、その後ろには船室があります。こうしたデザインは、当時カナダ西海岸で活躍した木造漁船の典型的スタイルでした。


SS モイエ号(1958年登録)

SS モイエ号

正式名称:SS Moyie
設立年:1898年 (建造)
登録年:1958年
所在地:カスロKaslo
概要:蒸気船

19世紀後半に活躍した蒸気推進式の旅客用パドル・スチーマー船で、全長49.4メートルの船体は、現在もクーテネイ湖岸のドライ・ドックに停泊しています。引退した当時は、最も古い現役カナダ製のパドル・ウィーラーでした。

出典: nelsonkootenaylake.com

機関部と船体の鉄骨フレームは、トロントにあるバートラム・エンジンワークスによって製造され、その後鉄道で西側まで輸送され、バンクーバーで組み立てられました。
1898年10月22日に、カナダ太平洋鉄道によってネルソンで使用が開始され、クーテネイ湖で59年間乗客や貨物の運搬で活躍し、1957年に引退しました。


セント・ロック号(1962年登録)

セント・ロック号

正式名称:St. Roch
設立年:1928年
登録年:1962年
所在地:バンクーバーVancouver海事Maritime博物館Museum
概要:王立騎馬警察用の帆前船

セント・ロック号は、バンクーバー海事博物館でドライ・ドックに保管される修復済みの王立カナダ騎馬警察が使用したスクーナー(帆前船)で、北西航路で太平洋から大西洋に渡った最初の船です。

出典: cbc.ca

「鉄の樹皮」とも呼ばれるオーストラリア産のユーカリを外皮としてもつ厚いダグラスモミを外板として使用し、船体内部は氷の圧力に耐えるために重厚な梁で補強されています。ノース・バンクーバーのバラード・ドライドック社が1928年に建造し、王立騎馬警察(RCMP)の北極海の補給や巡視船として活躍した全長31.6メートルの帆前船です。

1942年、探検家で警察に所属していたヘンリーHenryラーセンLarsen氏を船長して、北西航路を使用して太平洋から大西洋に渡った最初の船となり、大陸の北端を沿う経路を使用してバンクーバーからハリファックスまで27か月に及ぶ航海を行いました。
その2年後には、プリンス・オブ・ウェールズ海峡のさらに北側にある深海航路を経由し、バンクーバーに戻りました。この間わずか86日での移動に成功し、危険とも言われた両方向への移動を完了した最初の船でした。


造船所

ブリタニア造船所(1991年登録)

ブリタニア造船所

正式名称:Britannia Shipyard
設立年:1890年
登録年:1991年
所在地:リッチモンドRichmondダイクDyke通り
概要:造船所

フレーザー川の南岸でスティーヴストンにある歴史的な製缶工場の並びにある造船所です。カナダの太平洋岸のサケ漁業のための漁船を建設したり修理する場所として活躍しました。

外観 出典: tourismvancouver.com
内部 出典: westcoastlivingcanada.com

沿岸のサケ漁業が盛んであった1890年〜1913年で特に活躍した船の修理施設や居住地の大規模な複合施設です。ここには、日系カナダ人が運営する2隻の船も含まれています。
さまざまな文化的背景をもつ労働者や職人が敷地内に居住しており、サケの缶詰工場や漁船の船員として、また修理工場で働いていました。

元々、この造船所も建造された1890年当初から1918年まで製缶工場であり、その後、ボート修理場として改造され、1980年まで使用されました。


停泊所

交易船停泊地(1943年登録)

交易船停泊地

正式名称:Boat Encampment
設立年:1811年
登録年:1943年
所在地:Warsaw Mountain及びRed Rock Bay
概要:交易船の停泊地跡

大陸を横断するコロンビア川から、またコロンビア川への毛皮交易団が船を使用して交易した際に停泊地として活用された重要地点です。

出典: www.pc.gc.ca

1811年にノース・ウェスト社の交易商デイヴィッドDavidトンプソンThompson氏が越冬のために訪れたのが最初と言われています。その後は、ハドソンズ・ベイ社に引き継がれて引き続き使用されます。
このポイントで列車に積んだ補給物資を受け取っていたと言われています。
当時は陸地からこの地へ行くことはできませんでしたが、トランス・カナダハイウェイが建設された後の1940年には道路が開通し、陸路も繋がっています。

海洋交易を発展させてきたフォート・ヴィクトリアの重要性を相対的に低下させ、ハドソンズ・ベイ社の交易パターンを変化させるきっかけになりました。
フォート・バンクーバーを目指し、ボートを積んでアタバスカAthabasca峠を越えて移動したジャスパー・ハウスからの旅行者にも利用され、50年程に渡って使用されてきましたが、1973年にダム建設のために沈められました。

現在は位置的にはスプラーグSprague湾のレクリエーション・サイトのマイカMica貯水池の中にあたります。


到達地点

最初の北米横断(1924年登録)

最初の北米横断

正式名称:First Crossing of North America
設立年:1793年 (マッケンジーが到着)
登録年:1924年
所在地:ベラBellaクーラCoolaアレクサンダーAlexanderマッケンジーMackenzie州立公園内
概要:記念碑

アレクサンダー・マッケンジー州立公園内にある記念地点で、探検家のアレクサンダーAlexanderマッケンジーMackenzie卿がメキシコ北部の北アメリカ大陸を最初に旅するときに到達した最西端の場所です。

出典: en.wikipedia.org

ノース・ウエスト社のマッケンジー氏が1793年7月21日に9人の仲間とこの場所に到着し、その際にメッセージが書き残された岩です。
5月9日にフォート・チペウィアンChipewyan近くのピース・リバーのフォート・フォークForkから太平洋に向けて出発した一行は、パースニップParsnip川をカヌーで遡上し、その後陸路のフレーザー川に移動しました。
フレーザー川が航行不可能であると確信した彼らは、ウェストロード川に戻り、その後は徒歩で谷を上ります。
7月19日、彼らはベラクーラにある先住民族の集落に到着し、その2日後に目的地の西海岸に到着しました。

マッケンジー氏の一行は、位置確認のためこの地に留まり、一晩を過ごしています。南東向きに写真のメッセージを書き残すと、再び動き出しアサバスカAthabaska湖に向かい、8月24日までにフォート・チペウィアンへ無地に帰還します。
この大陸横断の旅は、ルイスとクラークが行う10年以上も前に行われたものです。


その他のジャンルのBC州国定史跡の紹介はこちらから!


タイトルとURLをコピーしました